大阪高等裁判所 平成8年(行コ)48号 判決 1997年12月25日
控訴人
西宮労働基準監督署長茶園幸子
右指定代理人
新田智昭
同
中嶋武彦
同
恒川由理子
同
太田義弘
同
植松弘
同
河合智則
同
島村憲義
同
前田郁造
同
山本正博
同
田中念章
同
小沢善郎
同
南原良通
被控訴人
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
藤原精吾
同
後藤玲子
同
本上博丈
同
増田正幸
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨。
第二当事者の主張
次のとおり付加訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」(原判決三頁三行目(本誌本号<以下同じ>75頁4段25行目)冒頭から二九頁一二行目(80頁3段13行目)末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 三頁六行目(76頁1段2行目)の「診断され」の次に「(以下「本件疾病」、「発症」、「本件発症」などという。)」、四頁一〇行目(76頁2段2行目)の「診断され」の次に「(本件発症)」とそれぞれ加える。
2 七頁九行目(76頁3段29行目)と一〇行目(76頁3段30行目)との間に次のとおり加える。
「(四) 本件発症は、右の高血圧症を基礎疾病とするものであるが、その自然的増悪によるものではない。動脈硬化による右既往の多発性脳梗塞とは、別の機序によるものである。」
3 七頁一一行目(76頁3段31行目)の「一月からは」の次に「業務繁忙のため勤務の軽減がなく」を加える。
4 八頁二行目(76頁4段5行目)冒頭から同三行目(76頁4段8行目)末尾までを次のとおり改める。
「 本件発症は、血管壊死の形成、微少(ママ)動脈瘤の形成と拡大、その破裂という経過によるものであるところ、前記基礎疾病の高血圧症や一過性の血圧上昇は右血管壊死等の増悪に重大な役割を演じるが、これと共に、右のような超過業務及びこれによる疲労の蓄積が右血管壊死等をその自然的増悪を超えて急激に増悪させ、あるいは業務が微少(ママ)動脈瘤の破裂の引き金となり、引き起こしたものである。」
5 九頁三行目(76頁4段31行目)の「平湯行き」の次に「(以下「本件平湯運行」という。)と(ママ)加える。
6 一四頁八行目(77頁4段27行目)の「とするのが素直な結論である」を削除する。
7 一七頁一〇行目(78頁3段3行目)の「条件関係」の次に「(医学的知見を前提とする高度の蓋然性)」と加える。
8 二八頁五行目(81頁2段13行目)と六行目(80頁2段14行目)との間に次のとおり加える。
「 発症前一週間より以前の本件平湯運行についても、太郎は、直前の一月二九日と三〇日が公休日であり、同月三一日午後五時に平湯に到着し、二月一日から三日までは同地の旅館で待機していたものであり、二月三日午前一〇時から午後六時ころまでの車両点検作業で格別の肉体的作業を遂行したものでもなく、夜間のエンジン見回りについても、一回あたり一五分ないし二〇分程度に過ぎず、深夜一二時以前に見回りに行った程度である。その後、太郎は、二月九日及び同月一二日が休日であった。」
9 二九頁三ないし四行目(80頁2段31行目)の「脳梗塞」を「多発性脳梗塞」、同四行目の「同六三年二月一二日まで」を「高血圧症による血管の病変が著しく進行していたものであり、継続的に」、同七行目(80頁3段4行目)の「動脈硬化」を「細動脈硬化(動脈壁への著しい血漿成分の侵入による血管壊死)」とそれぞれ改める。
10 二九頁九行目(80頁3段7行目)の「(五) まとめ」を次のとおり改める。
「(五) 本件発症について
(1) 本件発症(高血圧性脳出血)は、脳内小動脈の血管壊死(血漿性動脈壊死)に起因して脳内小動脈瘤が形成され、これが破裂したものである。
医学的知見によれば、右のような血管壊死と脳内小動脈瘤の形成は、長期間の高血圧を原因として徐々に進行、増悪するものであって、本件平湯運行程度の寒冷暴露や、一過性の血圧上昇によって、急激に生ずるものではない。
太郎は、前記のとおり昭和六二年九月(本件発症の約五か月前)に多発性脳梗塞と診断されているが(発症時期不明)、これも血管壊死ないしこれに起因する小動脈瘤が閉鎖したことによるものであり(細小動脈硬化性血栓性小梗塞ではなく、アテローム性の動脈硬化でもない。)、そのころ既に高血圧性脳出血の原因となる血管病変が形成されていたことを示している。
このように、本件平湯運行より前の時点で、既に脳内小動脈の血管壊死及びこれに起因する脳内小動脈瘤の形成という血管病変が著しく進行しており、この従前からの長期にわたる高血圧に起因する血管病変の影響は計り知れないのであって、これが自然的増悪の経過をたどり、本件発症に至ったものというべきである。
仮に業務が血管病変の増悪に何らかの寄与をしたとしても、既に存在していた血管病変の程度が重いものであったことからして、業務が本件発症について相対的に有力な原因となったとはいえない。
(2) 脳内小動脈瘤の破裂の発症因子又は引金因子としては、寒冷による急な血圧上昇、日中活動時、強い身体的負荷(強い衝撃、物理的な衝撃)、入浴、異常な興奮などが挙げられている。精神的不安、緊張、焦燥など種々の心理的ストレスを因子として考慮しなければならない場合もある。その因果関係を医学的に立証することは困難な場合が多い。
そして、血管の病変、さらには本件発症につき、業務がその相対的に有力な原因であるというためには、業務がこれら日常生活上の種々の要因より相対的に有力に作用したことが立証されなければならない。
(六) まとめ」
第三争点に対する判断
次のとおり付加訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」(原判決三〇頁一行目(80頁3段14行目)冒頭から六九頁三行目(87頁3段21行目)末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 四七頁九行目(83頁3段26行目)の「証拠」の前に次のとおり加え、同一一行目(83頁3段28行目)冒頭の「(一)」及び四八頁三行目(83頁4段3行目)冒頭から同八行目(83頁4段14行目)末尾までをそれぞれ削除する。
「 本件発症が高血圧性脳出血であること、この高血圧性脳出血が脳内小動脈の血管壊死に起因した脳内小動脈の(ママ)破裂であることは当事者間に争いがないというべきところ、」
2 五〇頁一二行目(84頁1段32行目)の「として」の次に「前記三2(一)の」と加える。
3 五一頁二行目(84頁2段4行目)及び同一〇行目(84頁2段20行目)の「内血腫」をいずれも「出血」、同二ないし三行目の「大きいので」を「大きく、一方、右の多発性脳梗塞という血流障害があるため、血圧を下げすぎると血流を悪くさせ新たな梗塞を生じさせる危険をはらんでいるので」とそれぞれ改める。
4 五二頁七行目(84頁3段7行目)の「また」を「しかし、本件発症につき」と改める。
5 五三頁一一行目(84頁4段4行目)冒頭から五五頁七行目(85頁1段8行目)の「思うに」までを次のとおり改める。
「5 検討
(一) 以上を総合すれば、寒冷暴露や自動車の運転は、血圧の上昇を招くこと、他方、太郎は従前から基礎疾患として高血圧症があり、前記三2(一)の多発性脳梗塞を生じたように、血管の脆弱化が進んでいたこと、そのため、十分にコントロールして血圧の上昇を避けないと、血管壊死や脳内小動脈瘤の形成拡大など、さらに血管の脆弱性が進行(増悪)する危険があったこと、その危険を避けるための診察と投薬がなされていたこと、そして、血圧を下げすぎると新たな脳梗塞を生じさせる危険をはらんでいたが、日常業務に支障が生じない程度には血圧の上昇がコントロールされていたこと、しかし、過重な負荷により急激な血圧の上昇などがあると、どの時点でも、既に形成されている脳内小動脈瘤が破裂するなどして高血圧性脳内出血を引き起こす危険があったことが認められる。
(二) しかし、特段の原因なく脳出血を発症しても不思議ではない状態であったい(ママ)えるほどに血管の脆弱化が増悪していたとは認めがたい。前記山口三千夫医師の意見中には、そのようにいうかのような部分もあるけれども、そして、高血圧症があり本件発症に至った以上、血管の脆弱化が限界に達していたこと、又は結果的にせよ血圧のコントロールが十分でなかったことを疑うべきは当然であるとはいえ、脳内小動脈瘤の破裂の発症因子又は引金因子として、寒冷による急な血圧上昇、日中活動時、強い身体的負荷(強い衝撃、物理的な衝撃)など日常生活上の種々の要因がありうること、その因果関係を医学的に立証することが困難な場合の多いことなどは前記のとおり控訴人も自認するところであって、本件発症につき、これらの外的要因はすべて無視するべきであるといえるほどに血管の脆弱化が増悪していたと窺わせる具体的事実は認められない。
ちなみに」
6 五六頁五行目(85頁1段28行目)の「うまく」から「是認」までを「その効果をあげていたものと推認」と改め、同一二行目(85頁2段9行目)冒頭から五九頁三行目(85頁3段32行目)末尾までを次のとおり改める。
「(三) そこで、寒冷暴露や自動車の運転などの業務が、自然的増悪の経過を超えて、血管の脆弱性、脳内小動脈瘤の形成を進行(増悪)させる原因、または、既に形成されている脳内小動脈瘤を破裂させ高血圧性脳内出血を引き起こす原因となったかどうか(業務起因性)、逆にいえば、本件発症は従前からの高血圧症による脳血管の脆弱化が自然的増悪の経過をたどったにすぎないものというべきかどうかが問題となる。」
7 六一頁三行目(86頁1段17行目)の「当該」から同四行目(86頁1段19行目)の「者」までを「被災労働者が基礎疾病を有しながらも従事していた日常の業務につき、その通常の勤務に耐え得る程度の基礎疾病を有する者をも含む平均的労働者」、同一〇行目(86頁2段1行目)の「とりわけ」を「たとえば」、六二頁三行目(86頁2段10行目)の「の業務の軽重にかかわらず、発症前一週間」を「かどうかを問わず、それ」、六三頁四行目(86頁3段3行目)の「という高齢である」を「で右基礎疾病を有する」、同九行目(86頁3段14行目)の「有する」を「有しながら通常の業務に就いている」、同一二行目(86頁3段19行目)の「、血管壁が変成し動脈瘤が形成されるという」を「た。この急激かつ持続的な血圧上昇に伴い」、六四頁一行目(86頁3段21行目)の「進行」を「進行(増悪)」、同行(86頁3段22行目)の「のある段階」から同五行目(86頁3段31行目)末尾までを「をより高めた。」、六五頁五行目(86頁4段22行目)の「有する」を「有しながら通常の業務に就いている」、同七ないし八行目(86頁4段25行目)の「平湯での疲労が回復するどころかむしろ」を「疲労が」、同八ないし九行目(86頁4段28行目)の「肉体的」を「身心にわたる」、「(ママ)六六頁一行目(87頁1段5行目)の「取れない一過性の血圧上昇の生じやすい」を「重積した」とそれぞれ改める。
8 六七頁九行目(87頁2段14行目)の「被告」から六八頁二行目(87頁2段25行目)末尾までを次のとおり改める。
「前記のとおり、高血圧により血管の脆弱性は進行(増悪)するものであり、また、自動車運転業務は血圧を上昇させる原因となるものであるところ、このような内的要因及び外的要因は常に変化するものであるから、本件平湯運行の際に脳出血を生じなかったからといって、その後の通常の自動車運転業務を原因として脳出血を生じるわけがないといえるものではない。」
9 六八頁一〇行目(87頁3段8行目)冒頭から六九頁三行目(87頁3段19行目)の「みられ」までを次のとおり改める。
「3 そうすると、本件発症は、従前からの基礎疾病である高血圧症がその一因であることが明らかであるとはいえ、自動車の運転や寒冷暴露などの業務による血圧の上昇の反復が、右基礎疾病により生ずる血管の脆弱性、脳内小動脈瘤の形成をその自然的増悪の経過を超えて進行させたものと認められるうえ、本件発症時、自動車運転業務中に同業務によりたまたま生じた一過性の血圧上昇を原因(引き金)として、それまでに形成されていた脳内小動脈瘤が破裂して発症に至ったものと認められる。前記既往の多発性脳梗塞が本件発症と同じく血管壊死によるものであったとしても、右認定を左右することはできない。他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
したがって」
第四結論
以上によれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 孕石孟則 裁判官 田中恭介)